石牟礼道子

膝を病んで、傾き傾き、難儀して歩みおらいたで、あのとき吊り橋もたしか、戦さのために切りほどいてあったかもしれんよな。 わたいは頭陀袋を下げて先きに歩いて、子どものことじゃけん、まだ半分は眠いが一心で、くずり泣きしながら、 ぎしり、ぎしりと揺るる吊り橋を渡ってゆきおったが、うしろからかかさんの、 「負いずりの紐ば負い直すけん、渡ってしまえ。兄者殿の、落っちゃえらるけん」 そういわいた。 わたいが先に渡ってしもて、わっぱり吊り橋ちゅうは揺れておとろしかん、いくらなんでも目がさめて、ぶるんとふるうて振り返り申したのと、 かかさんの、 「ろくー-っ!」 とおめいて落っちゃえらるのと、谷の下ではげしい水の音がしたのと、いっしょで。